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塾長紹介

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1975年大阪府生まれ、現在39歳。妻と2歳の娘の3人暮らし。

小学校時代は転勤族の父の影響で名古屋、広島を転々とする。

小6の秋に広島に引越し、公立の小学校だったが、なぜか周りは中学受験に熱心だった。なんと地元の公立中学は荒れ放題であり、とてもじゃないが勉強できる環境にはないらしい。あわてて受験勉強を始めるが、時すでに遅し。

入ってみた公立中学はものすごいところだった。カツアゲ、器物破損、火災報知器のいたずら、挙句は廊下を自転車が走っているなどなど。このままだと自分はダメになる。そう思って自ら塾に行きたいと志願。

通い始めた進学塾は一番下のCクラスだったが、みんなとんでもないレベルだった。今まで勉強で苦労したことなかった自分が一気に落ちこぼれに。初めて必死に勉強した。熱があっても通った。そのおかげもありCからB、Aと上がり、受験前にはSクラスに昇格。第1志望だった国立大学付属中学に挑戦。しかし落第。第2志望の修道高等学校に進学。

そこでもまた井の中の蛙を実感する。周りは自分よりできる人ばかり、どんどん進んで行く授業。必死に勉強した。分からない所は先生を捕まえた。Z会に入って、1問を1時間かけて解いた。

でも不思議と勉強だけというイメージは無い。クラブチームで自転車競技もやっていたし、アルバイトもしていた。本も1日1冊、難しい本ではなく推理小説とかだったが読んでいた。

ある日の模試で志望校を書かされた。冗談で東大と書いたら、A〜E判定中のD判定だった。何か頭に来た。おめぇにランク付される覚えはねぇと。必ずA判定を取ろうと決めた。

相変わらず自転車競技もアルバイトもしていたが、勉強は必死こいた。3年生の秋にようやく出ましたA判定。先生には「油断するな」と言われた。センター試験は746/800点。あとは2次対策。セオリー通り新しい問題集はやらず、今まで解いた問題集の復習に徹した。

1994/3/10だったか、合格発表。自分の名前を見つけた時の気持ちは、安堵だっただろうか。受験に負け続けた人生。最後に勝つことができた。

今一つ言えることは「できるできないじゃない、やるかやらないか」。
学生諸君の挑戦を待つ。

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